横浜緑ロータリークラブ

会報 第2482回例会 2022年 2月 9日

第2482回例会 会報
2022年2月9日(水)

例会場:青葉台フォーラム / 時間:12:30~13:30

会長:清水裕之 / 幹事:北原弘文
司会:松尾伸治 副SAA / 点鐘:舟橋金之介 直前会長

≪発行 クラブ研修・広報・会報委員長:原野由紀≫


卓話

職業講話

田中孝 会員


ゲスト


高暁彤 さん[米山奨学生・中国]

ビジター


該当者無し

会員誕生祝


該当者無し


 

斉唱

『我等の生業』

 

 

紹介・挨拶・お祝い・表彰等

ゲスト紹介

高暁彤 さん[米山奨学生・中国]

奨学金授与

 

ビジター紹介

該当者無し

 

 

会員誕生祝

該当者無し

 

 

パートナー誕生祝

高嶋淳二 会員・パートナー 紀子 様

 

会長報告

舟橋金之介 直前会長

本日は清水会長が欠席です。会長報告は原稿をお預かりしておりますので代読させていただきます。

今回はオークションの話です。オークションの起源は紀元前500年頃にバビロニアで始まったとされています。ローマ帝国時代には戦利品や奴隷もオークションにかけられていたそうです。
16世紀前半に現在のようなオークションがイギリスで開催され、17世紀には頻繁に開催されるようになり、18世紀にアメリカ、18世紀後半にヨーロッパへと広がりました。オークションで有名なロンドンのサザビーズ社は1744年、クリスティーズ社は1766年とこの頃に設立されています。

従来から日本で行われている生鮮食品の卸売市場や家畜などの競りもオークションの一種ですが、日本で正式なオークションは古物営業法の問題もあり、開催されるのはチャリティーオークション位でした。しかし、1995年に古物営業が緩和されたことにより、1998年頃からインターネットで広がり始め、1999年にはヤフー、楽天、ビッターズがサイトを立ち上げ、インターネットを中心としたオークションが活発になっていきました。最近では中古車のオークションなども活発に行われています。

オークションの形式もいろいろとあり、公開の場所で行われる公開入札方式、通常に見られるオークションは、入札する買い手側が価格をつり上げて最終的に最も高い価格を提示した買い手に販売しますが、これはイングリッシュ・オークションといわれています。通常のオークションとは逆に最高価格から順番に価格が下がっていくのはダッチ・オークションと呼ばれています。

不動産の競売も昔は「競売法」という法律に基づき、処理されていましたが、その時は東京地方裁判所の地下に競売場があり、執行官が事件番号と最低価格を読み上げると、魚市場みたいな感じで、買い受け希望者が金額を言い合い、一番高い金額を言った人が落札できるシステムでした。但し、この時代はダークな人達が殆どで、出来レースだったことも多々あったようです。

このような状態では、適正価格で売却することが出来ないと言うことで民事執行法が制定され、平成4年に東京地方裁判所で期間入札が行われるようになりました。しかし、その後も競売妨害などのたくさんの問題があり、平成16年に民事執行法が更に改正され、短期賃借権の廃止や、競売妨害の禁止、「物件明細書」、「現況調査報告書」、「評価書」といういわゆる競売3点セットがインターネットで閲覧できるようになり、一般の方にも以前よりリスクは少なく競売市場に入ることが出来るようになりました。

不動産の競売というと安く買えそうなイメージですが、私が知る限りではまともな物件ほど高額な値段がつき、普通の売買とあまり変わらないイメージで、競売だから安いという雰囲気はあまりありません。

 

ちなみに日本では活発なヤフオクなどのオークションもアメリカではアマゾンに代表される企業と個人間の電子商取引の充実に伴い、ネットオークションは当初の勢いを失っているそうです。消費者は、欲しいものであれば多少の値引きと引き替えにオークションに時間を取られることよりも、固定価格で手間をかけずに素早く購入できる買い物を望むようになっているそうです。その結果、アメリカの電子商取引においては、ネットオークションよりも固定価格による「ショッピング」での販売でのほうが、売上が伸びています。

日本でもネットオークションと競合するサービスとしてオンライン上にてフリーマーケットのように、主に個人間による物品の売買を行えるメルカリなどのフリマサイトが登場していますが、これは出品者が設定した販売価格にて購入者が購入できる仕組みとなっています。

 

幹事報告

北原弘文 幹事

1. まん延防止等重点措置発令中につきハイブリッド開催となっています。

1/21適用され、今週末2/13までの予定でしたが、昨日の報道をみますと3週間程度延長される見込みです。
延長された場合、例会は現状通りのハイブリッド形式となります。

2. R財団と米山の寄付控除証明書のお渡しについて

レターパックで郵送されました。

3. 米山奨学生の修了式について

3/5土曜日14時より、ホテルキャメロットジャパンで開催されます。
浅井カウンセラー、高さんのアテンドをよろしくお願いいたします。

4. ロータリー手帳の募集について

回覧されていますが、購入希望の方は早めにお申し出ください。
2/23が締切日となっています。

5. 理事会報告

別紙。

 

委員会報告/会員報告等

 

出席報告

露木健造 出席委員長

今回出席状況
会員情報 在籍会員 出席 MU済 ビジター ゲスト
会員総数 29 16 3 0 1
(内 出席免除会員数) 6 3

 
ホームクラブ出席率 外部参加者
対象 会員数
(男/女)
出席率 正会員
出席
免除会員
出席
Make-up
会員
ビジター ゲスト
今回 29 (25/4) 73.08 % 13 3 3 0 1
29 (25/4) 77.78 % 17 4 0 0 0
前々回補正後 84.00 % 18 2 1 0 3
 

スマイルレポート

スマイル 11 件

ニコニコ

北原弘文 幹事 米山奨学生の高さん、論文などの追い込み大変でしょうね❕
浅井優子 会員 ・高さん、本日はようこそ、ゆっくりしていって下さい。
・田中会員、本日の卓話 お願い致します。
加藤浩介 会員 高さん、ようこそ!田中さん、卓話楽しみにしております!
加藤喜夫 会員 ネームプレート、前回家に持ち帰り、今日ここに持ってくるのを忘れてしまいました。皆様と違うのを付けてます。
齋藤光宏 会員 高さん、こんにちは。田中孝会員 本日の職業講話 よろしくお願いいたします。
高嶋淳二 会員 (刑事コロンボ風に)「うちのカミさんに立派なお花いただいちゃって、ありがとうございます。」
田中孝 会員 高さん、いよいよ最後の仕上げ、コロナに負けず、風邪にも負けず、立派な研究をして下さい。
露木健造 会員 先週欠席申し訳ございませんでした。『職業講話』田中孝会員 卓話宜しくお願いします。
舟橋金之介 会員 田中会員、本日の卓話 宜しくお願い致します。
松尾伸治 会員 高さん、ようこそおいでくださいました。田中さん、講話よろしくお願いします。
武藤泰典 会員 高さん、よくいらっしゃいました。ごゆっくりおすごし下さい。
 

ニガニガ

今回は無し  
 

卓話

職業講話

田中孝 会員

中国、唐の有名な詩人、杜甫の詩に、「人生七十、古来稀なり」とあります。
「これまで一生懸命働いてきた。70歳まで生きる人は稀だ。これからは、楽しく人生を送ろうではないか。」という内容の詩の一部です。これが今日、70歳の古稀のお祝いとなっています。

私は70歳少し前に、当クラブの長老、故山下会員と知り合い、入会をすすめられました。それまでロータリークラブは全く縁のないものと思っていましたが、いろいろ聞いてみました。そして、「毎週水曜日の出席は不可能です。もう少し待ってください、仕事を辞めたら入れて頂きます。」と答えました。その頃、特許の仕事をしていましたが、だんだん目が悪くなってきました。白内障でした。緑内障ではなくてよかったと思い、すぐに手術をしました。しかし、仕事の仕舞い時だし、同じ緑のつく緑RCへ入れということかと考え、入会致しました。70歳でした。

しかし、職業奉仕を目的とする会に無職では入れません。副業を本業にして入会させて頂きました。
前置が長くなりましたが、入会から十数年、イニシエーションスピーチを聞いて頂いた人も少なくなり、また、入会までの職業については部分的にお話したと思いますが、まだ全体をお話したとは思えませんので、今日は、職業を中心に、70歳までの話を致します。

昭和9(1934)年12月7日、今の大阪府八尾市に生まれました。大正から引つづいた繁栄は、昭和4年の世界恐慌で一気に不景気になりました。「熔鉱炉の火は消えたり」「大学は出たけれど」という言葉通り、倒産、失業が増加しました。その上、昭和6年の満州事変、昭和12年の支那事変と戦争が始まり、景気がどんどん悪くなる時代でした。そして国民学校(小学校のこと)1年生の昭和16年12月に太平洋戦争へ。5年生の昭和20年8月に敗戦となり、戦後が始まりました。昭和25年(高校1年)頃からようやく景気が上向いてきました。

この頃、子供ながらも物資の不足がひしひしと感じられました。まず、食料、次に衣類、…。戦争による苦しみ、悲しみ等については、機会があればもっと詳しくお話したいと思います。
このような物資不足の時代、成長したら、物作り(生産)に従事したいと考えるようになっていました。幸い、数学、物理、化学等に興味を感じていましたので、大学は工学部に決めました。昭和28年無事に大阪大学工学部に入りました。1年半の学部を終えて、進学科を選びます。どの学科も魅力はありましたが、これからは電気関係が重要になりそうだと見て、電気工学科に入りました。
当時、電気関係の業界では次々と新しい問題に取り組んでおり実用化していました。まず、発送電関係では、

  • 黒部ダム等、最後の大規模水力発電(当時日本では、水力発電70%、火力30%)
  • 25万V送電が実現し、さらに50万V。100万Vへの挑戦
  • 新しい発電:太陽光発電(原子力発電はまだ許されず、準備段階)

電力利用面では、

  • 鉄道:電化。高電圧化、交流電化、高速化
  • 新しい照明:蛍光灯、EL(エレクトロルミネッセンス)
  • 自動制御

自動制御へと的をしぼり、更に、自動制御などに使う磁気増巾器、特にdigitalへの応用として磁気カウンターへと進みました。

昭和34年、松下電器産業に入社し、磁性材料部品の研究開発に従事することになりました。当時、ポータブルラジオ、テレビ、テープレコーダーの生産が急激に増加しましたが、これらには、フェライトと呼ばれる酸化物磁性体部品が使われていました。50~60サイクルではモータやトランスなどには古くから鉄板が使われていましたが、ラジオやTVの高周波では固有抵抗値の小さい鉄は渦電流が発生して損失が多くて使えません。
固有抵抗値の大きいフェライトが用いられました。
代表的なものとしては、

  • ポータブルラジオのフェライトアンテナ:磁派を集束して感度を上げる部品
  • テレビ:フライバックトランスと偏向ヨーク
    電子ビームを引っぱってブラウン管前面の蛍光物質を光らせる
    鋸歯状波を発生して電子ビームを掃査する。
  • テープレコーダー
    磁気ヘッド:電気信号を磁気信号に変換し、磁気テープに信号を記録する(記録ヘッド)
    その逆を行なう(再生ヘッド)
    テープ上の信号を消す(消去ヘッド)
    磁気テープ:プラスティックテープ上に塗布された磁石粉の残留磁気量として信号を記録
    用途:音声用、ビデオ用、計算機用

磁気ヘッドは一種のセンサー、トランスデューサでありますので、担当分野が磁気以外のセンサー、トランスデューサ、アクチュエータに広がり、さらには、これに制御機能を含めたシステムに関与することとなりました。その代表的なものは、自動車です。

自動車は元来、機械技術のかたまりです。これに徐々に電気製品が入ってきました。まず、ライト類、その後ラジオ、テレビ、エアコンが入りました。
さらに自動車の数が増えるとともに、排ガス問題や事故が社会問題になってきました。これらの解決には自動制御が必要となり、電気的に解決が求められてきました。そして、エンジン制御、衝突防止装置等が実用化されました。
自動車の周囲の状況を検知して車の走行(速度とハンドル操作)が制御できれば自動走行できます。次はナビゲーションシステムです。地図情報と現在位置情報が必要です。地図情報はすでにあります。問題は位置情報です。これには大きく2つの方法が考えられます。1つは走った距離と方向から現在位置を求める方法です。距離は速度計があり、車輪の回転数から求められます、方位は地磁気を使う方法と走行方向の変化を測る方法が考えられるが、精度の高いものはむずかしい。方位はわずかな誤差でも車が進むにつれ位置の誤差が大きくなります。どうしても修正が必要になります。
もう一つの方法は、絶対的な位置情報を使うことです。すなわち絶対的位置のわかった場所の方向と距離から現在位置を知る方法です。
昔、舟は陸地を見て進みました。燈台もそのために作られました。その後、天体を観測して進む方向が発明され大洋航海ができるようになりました。しかし、これには、天体の運行情報と正確な時刻の把握が必要です。 第2次世界大戦になって、航空機に使う電波航法(双曲線航法)が開発されB29の日本空襲に用いられたことが戦後判りました。したがって、燈火管制をした暗闇の中でも思い通りに攻撃できました。2定点からの距離の差を使った双曲線航法です。
この頃GPS(Global Positioning System) が米国で実用化されることになりました。多数の人工衛星を打上げ、地球上のどこからでも、いつでも3ヶ以上の衛星からの電波が受けられ、その距離が計測できるようにしたものです。その値による3つの球の交点から位置(高さ)情報が得られます。
以上のシステムを組み合わせれば自動走行が可能です。電気自動車になれば、エンジンの代わりにモータが使われますので、制御がよりたやすくなります。

ここでまた大きく事態が変わります。
人間、いや動物は完全な自動制御機械と云えます。人間はその最高のものです。精神面の活動、特に言語活動は人間特有のものと云えます。目や耳からの情報を入力として、頭で考え、手や口を動かします。
翻訳は、一つの言語入力を他の言語に変換して出力することです。それには辞書と文法が必要です。
トランジスターが発明された時、大きなメモリーが作れれば翻訳する機械ができると予言され、各国で研究が始まりました。日本でも通産省の電気試験所、京都大学などでスタートしました。その後、電気メーカー、翻訳企業なども加わって、日本機械翻訳協会が出来、さらにアジア太平洋機械翻訳協会へと発展、アメリカ機械翻訳協会とヨーロッパ機械翻訳協会の3つが全世界のこの分野の研究開発を分担して進めております。
私は幼い頃から言語に興味をもっておりましたが、実用に至る能力が低いこともわかってきました。高校時代にエスペラントの存在を知り、大学時代に学びました。約6000と云われる言語を持つ人類が、各人母国語の他に世界共通語としてエスペラントを修得すれば、世界中の人と直接話し合えるわけで、すばらしいことだと思いました。共通語としては他にもいくつか作られていますが、エスペラントは最も習得しやすく、共通語として最適と思いました。しかし、なかなか普及はむずかしい状態です。機械翻訳は大きな競争相手と云えます。
以上のような経過から、日本機械翻訳協会の事務局を担当しました。

最後は、特許調査です。
特許は、物作りには欠かせない重要な成果です。しかし、これが成立するか否か、事前によく調べる必要があります。しかし多大な時間を要します。定年後その調査を引受けて現役で働く人達を助けました。

以上、私のやってきた仕事全体についてお話しました。ご清聴ありがとうございました。

 

オンライン出席状況

 

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